うちの実家には、結構いい年齢の犬がいます。呼び名は”なまちゃん”。室内犬で、14歳になるか15歳になるかという感じでしょうか。
 
 叔母が犬を飼うと決めた時に、近所に住む妹であるうちの母に「犬とか飼うなら、一緒にもらってきたげるよ」と言いに来たのがきっかけでした。我が家はよく動物を飼う家庭で、犬もたくさん飼ってきたけど室内犬を飼うのははじめてでした。
 当初、父の反対はすさまじいものでした。「犬は外で飼うものだ」と、随分反対していました。しかしうちに来た”なまちゃん”のフワフワコロコロした姿を見て破顔一笑、元を辿れば動物好きの父のこと、目に入れても痛くないんじゃないかという家族で一番の甘やかし大王に。晩酌のお供の焼肉を小さく噛み千切って小さくし、熱くないようにふーふーと息を吹きかけ、箸で食べさせるという、まるで子供を育てているかのように。他のしつけに関しては、もちろん人間同様にとても厳しく(=ω=)愛情を込めて育ててる姿を見ると、「ああ、私も小さい頃はこうやって育てられてた(笑)」と、はしゃぐ両親を見て幸せな気分になったものです。

 名前は母と私とでセピアと付けたのに、家族はそれぞれ好き勝手な名前で呼び、父は”ペソ”、兄は”なまちゃん”、母と私は”セピ”と呼ぶような感じでした。時が経つにつれ、”セピ”は呼びにくくなり、”なまちゃん”が定着しました。でも保健所での登録名はセピア(=ω=)

 母の日課は4kmの散歩、もちろんなまちゃんも連れ出されていました。まだ小さいうちは、爪がなくなってしまって血が出るほどに歩き過ぎだったのですが、今思えばこの時、かなり強靭な基礎体力をつけたのかも知れません。姉妹犬である叔母の家に行った子犬は、猿っぽい顔をしてるという事で”モンキー”と名づけられており、ニックネームは”モン”でした。モンは甘やかされの方向性がまた違ってて、いつもおんぶされているという状態で歩いてるのをあまり見た事がありません。まるで、赤ちゃんを育てるように、愛情は注がれていました。

 そんなモンも数年前他界、原因は首に出来たために手術不能になった腫瘍による、頚部圧迫の窒息死でした。なまちゃんにも同時期に腫瘍が出来たけど、なまちゃんはお腹の表面という取りやすい位置だったため、手術で除去でき大事には至りませんでした。
 しかしこの時、今までモンをまるで赤ちゃんのように扱ってきた叔母は、少しおかしくなったらしく。この時はじめてペットロスという言葉を知りました。運の良い事に同じ頃にホンモノの赤ちゃん、叔母にとっての孫が生まれ、精神を病んでしまったとかいう話は聞かずに済みましたが。

 心配なのはうちの両親。これから介護の事とかお別れの事も覚悟しているようですが、実際その日が来たらどうなるか・・・。
 私は実家を出て10年近くになるのだけど、兄からは時々写メールが届きます。その時に書かれるコメントに「少し耳が遠くなってきたみたい」「車に乗るとすぐ吐くようになった」と、老齢の様子を伝えるものが増えてきました。

 私が実家に荷物を送ると、私のニオイがするのか、宅配便の箱をずっと嗅いでるとかの話を聞くと嬉しくなります。昔はずっと私と寝てました。でも昨年帰省した時、私が寝入るまではそばにいてくれたのに、ふと目を覚ますといなくなっていて、兄とか母のそばで寝てるのを見ると、なまちゃんにとって私は遠い存在になってしまったのだと、寂しくもなりました(=ω=)でも眠るまでそばにいてくれる優しさが心憎い。

 なんで今日こんなになまちゃんの事を思い出してしまうんだろう。
 来月にでもなまちゃんに会いに帰省しますかね。去年もなまちゃんに会うという理由で帰省したのはヒミツ。